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不向き

こうやって日記を毎日書いていてとにかく思うのは「不向き」ということです。ほんとうはもっと千切れたものが書きたいのに、どうしても論評気どりのもの、転・結!なもののほうへと行ってしまう。だからといって「引用の織物」みたいなのが書けるわけでもないです。書かないのが一番いいのでしょうが、人間インがあったらアウトがないと息が詰まるのです。

 

不向き、で思い出しましたが昨日の若い友人(彼とは3回会ったので友人です)と小沢の話をしたのでした。小沢、と呼ぶのはただの検索避けです。この世には小沢警察というのが常にいて目を光らせています。林檎警察というのもいまして、「NIPPON」のときはずいぶんお世話になりました。

 

「不向き」と小沢と何の関係があるのかというと、小沢の曲でこちらが思わず泣いてしまうのは、彼がラブソングを唄うということが、何か「とんでもなく不向きなことをしている」という様子をどこかしら孕んでいるからだ、ということを思ったのです。文化祭に最後まで反対した生徒会長が、周りの熱意に押されて(絆されて?)最後にとうとう自らマイクを持った...みたいな、「自分でないものへと踏み込んでいく」感覚が常にあり、そこがああいう嬉しさと悲しさが混じったものへと転化されるのだと。もちろん彼が、常人越えの肺活量やギターテクニックを持っていると分かったうえでの実感です。そしてそういう意味だと、新曲の歌詞は、やっぱり昔の曲のような「不向き」さのダイナミズムは薄れていたなあというのが率直な感想なのでした。

 

ここでやっぱり出てくるのが星野なのです。星野、と呼ぶのは検索避けではなくただ嫌いだからなのですが、星野の芸能活動全般において彼の「不向き」を、一度たりとも感じたことがあったでしょうか。彼は徹頭徹尾「得意」の人です。小沢とは真逆なのだと、声を大にして言いたい。

 

若山