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メソ

昨日一日でいつもの倍、100以上のアクセスがありました。そんなに多くの人に見てもらうような事は書いていないので申し訳ないです。ドラマチックな失恋や絶交の話でも書いたほうがいいでしょうか。

 

マルタン・メソニエがプロデュースしたアルバムを最近まとめて聴いています。もちろん一連の80年代偏愛の流れからですが。シェブ・ハレドとか、品があるんですよね、どこかしら。キング・サニー・アデは元々大好きで、プロデュース作ではない「Return of Juju King」もこないだ買ったのですが、素晴らしいです。都会的なシンセサイザーが効いてるエスノを、「ミッドナイト・エスノ」なんて名付けると自分の聴く傾向が分かるかと思います。絵的に言うならば、ルースエンズのジャケのイメージです。

 

そういえば再評価著しいマライアの清水靖晃がソロで出した「サブリミナル」も、マルタン・メソニエのプロデュースなのでした。こちらもこないだ聴きまして、すごく奥深いなあと感心しました。ものすごくざっくりと「非西洋音楽の、西洋音楽的ブラッシュアップ」がメソニエメソッドだとして、「サブリミナル」はやはり様子が違います。ジャパニーズオリエンテッドなエレメントは87年には当然日本の「街場の音楽」では無いわけで、清水/和オリ、メソニエ/和オリ、清水/メソニエ、それぞれに独自のオリエンタリズムというか「距離」を持ち、故に二重三重に脱構築というか、相対化させる視線がこのアルバムには張り巡らされているように思えるんです。それでいて当時性・緊張感よりも普遍性・音の楽しさのほうがヨリ横溢している。だから「当時のエスノ・ブーム」が聴いていてもさして浮かび上がってはこない分、常にどこかしら新しく聴けちゃうところがあります。これは是非「いま」聴いてほしい音楽です。

 

というかこれ、よく考えたらanoutaのタンブラー(トレンディ歌謡に抱かれて)で書けばいいんですよね。近々そうします。

 

若山