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僕の歌

小学生のときから、「自分の歌を作ってみたい」とずっと思っていました。自分にしか作れない歌が必ずあるはずだと。そしてそれは聴いたり弾いたりすることでより鮮明になっていくのだと。

 

中学までの自分は親の影響下というプレッシャーが強く、部活も好きでもない運動をやるので精一杯でした。バンドを始めたのが高校のときです。ぼくはキーボードと打ち込みでした。ギターも持ってはいたのですが、自分よりもスキルのある友人にパートを譲ったのです。ぼくは当時音楽云々よりも「関係性」の構築に夢見心地になっていました。今思い出すとそれは明らかに性欲の代償行為なのですが。

 

何度かの苦い経験があってバンド活動は終り、それからしばらくはその延長で、細々と打ち込みの音源を作りました。20代半ばまでに100曲は作ったでしょうか。絶対に公開できない類のクオリティです。一度だけそれに友人の歌を乗せて「ポップス」にしたことがあります。とあるアレンジャーにデモを送ったら家に呼ばれ、歌もトラックもダメと言われたのですが、そのあと「きみが本気ならトラックメイクを教える」と伝言がありました。迷いに迷って断り、間もなく今の職業に就きました。

 

それらの出来事を以って「ぼくの音楽」は終り、だったのでしょうか。しかしその後も新しく面白い音楽は次々やってきました。セクシャリティにまつわる逡巡もいつの間にか消え、そして何より才能のある友人が多くできました。終わったのは「思春期のぼくの音楽」であったようにその頃思えました。そして「思春期の夢、関係性の夢」が潰えた後で、やはり音楽を作りたいという思いが、まったく別の地平からやってきたのです。それは人や音楽と交わす情熱の後で、同じだけ「情熱的にひとり」になるような類のもので... 

 

声や指や肩、自分の身体をもっと使いたいと思い、ギターを買いました。やがてコード進行に「運動原理」のようなものを見つけ、勉強を始めました。もう30代になっていました。その後のことは知っている人が多いと思います。動画を作って、人前でも何回か歌いました。そういうことができて嬉しかった。今は作っては消し、ときどき公開し、また作っては消し、月に3曲作り、かと思うと何も浮かばくなったり。自分の身体のなかのコード感に限界を感じたかと思うと、今度は「浪漫的イロニー」なんてことを頼りにしたくなったり...という感じ。まあ難しいです。ひょっとしたらこのまま公開しないでもいいのではないか、と思うこともあります。

 

だけど。気持ちは確実に燻っているのです。自分の見てきたすべて。悩んだすべてが歌になるような。時間をかけただけ深みが増すとは限りません。だけどもうそれでもいい。近いうちにまた、打ち明けるように公開できればと思います。

 

 

僕の歌は

大きな告白の欠片だ